1年に1回の介護認定の更新で、訪問調査を受けました。

こんばんは。

1年に1回の介護保険の更新の為に面談をしました。

調査員が訪問調査に見えました。

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今まで、市職員がいらっしゃった時もありましたが

大体は市町村から委託された指定居宅介護支援事業者が多いです。

今回も指定居宅介護支援事業者が自宅におみえになりました。

午後、有休をいただき、帰宅後すぐに掃除機をかけ

部屋干ししていた洗濯物を別の部屋にとりあえずおいて

認知症の母には二階から下まで箒ではいてもらい、

戸口も掃いてもらいました。

テーブルを拭き、ボールペンと印鑑・朱肉、ティッシュを置き

座布団を敷いてたくさん氷の入ったコップを置き

いつもはつけない扇風機をつけ

とりあえずお客様を迎える体制になりました。

あまり綺麗にしすぎるのもいけないと聞いたことがあるので

ちょっとだけ洗濯物をそのまま置いておきました。

名前、生年月日をまず聞かれました。

今は、春、夏、秋、冬の中のどの季節か
一人で立ったり座ったりできるか
指を一本ずつ折ることができるか
片足立ちができるか
顔は毎日洗っているか
トイレは一人でできるか
妄想は無いか
徘徊は無いか
「実家に帰る」と言わないか
爪は自分で切れるか
お風呂は介助なしでできるか
お金の管理は誰がしているか

他にもたくさん聞かれあっという間に一時間が過ぎました。

今回も母はいつも通りボーっとしていましたが

たまに笑う事もあり、なごやかな雰囲気で終わりました。

母がアルツハイマー型認知症だと診断されてからは

「要介護1」、

すぐに「要介護2」、

そして「要介護1」

また「要介護2」、

と思っていたら次は「要介護1」・・・・。

「1」と「2」を行ったり来たりしています。

現在は要介護1です。

今日の調査結果はどうなるでしょうか。

「要介護2」から「要介護1」になった最初の時は

とっても複雑な心境でした。

市町村に訴えに行ったりはしませんでしたが

母の症状は一年前よりは確実に進んでいるのに

介護度が下がるという事に納得できませんでした。

介護が始まって4・5年位までは

慣れない介護に私は疲れ果てていました。

どんどん母はおかしくなり、

家では「常識」が通用しない世界になり

母の挙動に翻弄されていました。

丁度仕事が忙しい時と重なった頃、

私は突発性難聴にかかり、10日間位入院しました。

過度のストレスからくる難聴でした。

退院する時は「この病気は完全には治りません。」と言われたとおり

残念ながら今は少し耳が遠いです。

体調に支障をきたすほどの介護をしているのに

介護度が下がるなんて、

自分の努力や介護の質や量が否定されたような気がして

「要介護2」から「要介護1」になった時は

その結果に素直になれませんでした。

だから、介護する時の大変さのその度合いが

多ければ多いほど介護度があがるのであって

必ずしも認知症の症状の進行具合とは合致しないのだと

自分の中で納得するのに時間がかかりました。

「要介護2」だった7年前に比べて認知症はかなり進みました。

現在の母は、自分の意志で玄関の戸をあける事はほとんどなく

いつも家の中でソファや座布団に座ってボーっと過ごしています。

お風呂に入っても、何をどうすればいいのか分からず

ただ、湯つぼに入っているだけです。

着替えも誰かが順番良く用意してあげないとできません。

たとえばセーターを着てから肌着を着るなどしてしまいます。

テレビを見ていても、内容はほとんど理解できていないようです。

昔はよく、水戸黄門や遠山の金さんなど見ていましたが

今は見たいテレビもありません。

内臓・血液・血圧などは悪いところは全くありません。

歩くスピードは遅くなりましたがそれでも自分で歩けます。

ただ、少し前につんのめるような感じで歩幅が小さくなりました。

こんな状態で現在は「要介護1」です。

今回の調査でどうなるでしょうか。

でも、「要介護2」よりも「要介護1」の方が

デイサービスの利用料が安いから、

「要介護1」でもいいなと思っています。

母が「要介護1」と「要介護2」を行ったり来たりしているのは

「脳の他には悪いところはない」からだと思います。

普通、84歳にもなれば、

血圧が・・・とか、糖が・・・とか、

足に水が・・・とか、腰が・・・とか

どこか悪くなるのでしょうが、

昔からいつも体を動かしていて、

とにかく歩く人でしたから、体はいいのです。

検査をしても、どこも悪くありません。

昔は筋肉質の小太りな人でした。

母が健康に気を付けていてくれたお蔭で

私は今、比較的楽な介護をしていると思います。

介護度がどうであれ、

母の笑顔を一つでも多く見る事ができたら

それでいいと思います。

調査員の方がお帰りになってから、

夕飯まで時間があったので、

母と二人で近所をのんびり散歩しました。

いつもだったら、夕飯の支度をするとか

片づけ物をするとか忙しく動くのですが

母との時間を過ごしたかったので

夕飯はテキトウにしようと決めました。

最初、お墓に行き、座って少し昔話をし

それからぐるっと遠回りをして

「ここの家、大きいねぇ」

「あれ、柿の木に青い実がなってるねぇ」

「この花、綺麗だねぇ」とか言いながら

夕焼け前の道を母とのんびり歩いていきました。

帰り際、向こうから歩いてくるおばあさんがいて

「あの人だれだろう?」と母に聞いたら知らないとの事。

でも、近くなって向こうから

「あれぇ、めずらしいのぅ。元気だったぁ?」と

母にその人は話しかけてきました。

私はその人がどこの誰だか、

そしてその方の息子さんの名前まですぐに分かりました。

母は婿取りなので、この土地で84年も生きています。

知らない人はいません。

そして、私も婿取りなので、

半世紀以上、この土地に住んでいます。

その人は近所の人でした。

母とその人は親しそうに話をして

「同期だから、お互い体に気を付けて」と言われ、別れました。

別れた後、母に「今の人誰?」って試しに聞いたら

「分からない」って。

そーか!

相手が誰だか分からなくても

調子を合わせて話をすることが母はまだできるんだ!

と、変に感動しました。

介護認定の為に半休をいただき、

のんびりと母と過ごすことができました。

いつもは、忙しくてイライラして母を叱ったりしている悪い娘ですが

今日は、そういうこともなく、

良い娘でいられました。

これからもいい娘でいられるように頑張るから

お母さんも元気でね。

本日もお読み下さりありがとうございました。

また明日。

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