認知症の母は年末年始をどう感じているのだろうか。

アルツハイマー型認知症と診断されてから10年になる母に「年末年始」の感覚はあるのでしょうか?都内の大学に通う次女が大晦日に帰ってきました。

久しぶりの再会でしたが、母は想像通り、特に驚くこともなく、ボーっと過ごしました。

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我が家の年越しのメニューはお寿司、ナマコ、煮しめが定番です。

今回は、かぼちゃのシチューもあります。かぼちゃ半分が入っていて、ほくほくです。

本当は娘達からクリスマスプレゼントにいただいたグラタン皿に入れればよかったのですが、テーブルに上がり切れなかったので、小さめな器に入れました。

そして、煮しめは味がしみしみで家族全員から大絶賛されました!

大鍋にたっぷり作り、数日間かけて食べました。とっても美味しいのに作り方はいたって簡単でした。

材料は、人参、里芋、ごぼう、れんこん、たけのこ、椎茸、黒こんにゃく、鶏もも肉、ささげ。

人参は、普段はしない飾り切りをしました。黒こんにゃくはフォークで突いてそれから一口大に切り、お湯でにてから混ぜました。

かつおダシ、酒、砂糖、みりん、しょうゆで味付けをしました。

お寿司は近所のスーパーから買ってきました。おいしいお寿司屋さんがスーパーの近くにありますが、この時期は、数日前に予約をしておかないと受け取れません。大晦日は事前予約をした人だけに渡して営業は終わり。当日の店頭販売等はしないのです。

でも、我が家はスーパーのお寿司でも十分楽しめるので大丈夫です。

2人前で1パックのものを「さび抜き」1つと普通のを2つと、巻物4人前を1つ買いました。

私達はパックの中から自分の分をとって食べますが、母はそういう事はすでにできません。

もしも、母の前に2人前のパックを置くと、全部食べてしまいます。

だから、母には1人分を皿に分けて出しました。

毎年、「年越しは、ナマコが食べたい!」との娘たちからの要望でナマコも登場です。

ナマコを洗って、切って、ポン酢とショウガを入れました。

もっと気の利いた器に入れれば良かったー。しかも、ちょっとブレています。

夕食後少ししたら「もう寝る」と母が言い出し、「今日は年越しだから、後でお蕎麦をたべようね。」と言っても、少しすると「もう寝る」と言い、「後で年越しそばを食べるからもうちょっと待ってね」とまた私が言う、その繰り返しでした。

結局、年越しそばを食べて間もなく母は床に就きました。

元旦の朝、いつまでも寝ているので、母に「明けましておめでとう。お母さん、今日から1月だよー。」と何回か言って、やっと起きてくれました。

いつも通り、ボーっとしている母の着替えをさせて、朝ごはん。いつもはいない孫(次女)が食卓にいますが、母は全く反応なしです。

姉と姉の子供たちの家族(ひ孫も)が我が家にやってきました。

孫たちは住む地域が違うので各地のお土産をたくさん持ってきてくれ、仏前にお菓子を供えてくれました。

我が家のお墓には、弟、父、伯母の3人が眠っています。

2日は家族全員で初詣に行きました。

我が家は6人家族なので、夫と私が運転して軽自動車2台で行きました。

神社はやはり混んでいました。長蛇の列、しかも、さっきまで晴れていたのに並び始めたら雪が降ってきました。私は一応、傘を2本持っていったので、フードが付いていない人達に傘を渡しました。

湿った雪だったので撥水加工しているコートも濡れてしまいました。

待っている間に母が鼻水を垂らしているのに気が付き、母がポケットからティッシュペーパーを取ろうとして下に落とすという、ある意味、想定内の出来事でした。

無事、お参りをして、夫や娘達はおみくじを引き、ほとんどが「中吉」でした。

毎年元旦に初詣をしていましたが、今年は2日に来ました。

神社でどんと焼きをして、それで暖を取っていましたが、どんと焼きは元旦だけの事で

2日はやっていませんでした。雪が降り続いていてとても寒かったので、のんびりすることもなくすぐに車へ戻りました。

その後、夫の実家に行き、仏前に手を合わせました。

私は婿取りなので、夫はお婿さんです。

その次に、夫のお兄さんのご自宅へ次女のお土産を持っていきました。

一度家に戻り、1時間位休憩し、その後、夕方に姉の家に行きました。

数年前に亡くなった姉の旦那様の仏前に手を合わせました。

姉の旦那様が亡くなったのは3月。我が家でなきがらを引き取った伯母はその2か月後に亡くなりました。

だから、お正月とお盆は姉と私の家がお互いに行き来します。

私の家の宗派は、お線香を立てますが、姉の宗派は、お線香を寝かせます。

姉のところでお線香に火を点けたあと、母はお線香を立てようとします。

最初、「寝かせるんだよ」と言っても、「なんのこっちゃ?」という感じで分かってくれません。どうしても刺そうとするので、私が、こうするんだよと手本を見せてあげてやっと分かってくれました。

認知症の母は、会話について行けません。でも、時々、会話の中に自分で入ってくることがあり、びっくりします。「あー、今日は脳の調子がいいんだなぁ。」と思うと嬉しくなります。

たくさんあった一日が終わり、くたくたになって帰宅。

それから夕食を食べ、母に紙パンツをはかせて寝かせました。

いろんなところへ行き、たくさんの人に会ってきましたが、母はたぶん覚えていません。

今日、何月何日なのか、いつもいない次女がいる理由も、さっき食べた事も、ほとんど記憶していません。

お金や時間をかけて母に何かをしてあげたりさせたりしても、数秒後には忘れています。

忘れるなら、時間もお金もかけずにいても同じなのですが、でも、

これまで84年間、私達を支えてくれた母には、何かをしたいです。

自己満足かもしれませんが、春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の、

その時々の事を体験してもらいたいです。

老衰で亡くなった伯母の歳に今年、母はなります。

まだまだ家の中でボケーっとしていてほしいです。

本年もたくさんの良いことがありますように。

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